F  I E  L  D W O R K
 2004年9月12日宜野湾市民大会
 米軍ヘリ墜落事件に対する宜野湾市民の抗議集会が9月12日に開かれました。会場となりました沖縄国際大学のグランドには、市民はもとより県内各地、県外からも多くの参加者が集合しました。その数は、主催者発表で3万人にも及びました。本日は、この集会を報告します。

 
続々と集まる市民
 今回の集会は、伊波宜野湾市長ならびに沖縄国際大学、地域住民などが中心となって、先の米軍ヘリ墜落事件に対する抗議集会として開催をされました。本来であれば、県民集会となるところですが、緊急性が絡んでいたので、場所が直ぐに確保できる国大グランドでの開催となりました。当日大会は午後1時から開催でしたが、午前中から既には人が集まりだし、開催小1時間前には、グランドに向かう道は、人の波で覆われていました。以前の報告でも書きましたが、沖縄でこうした抗議集会が催されるとき、特徴的なことは、家族連れの参加が多いということです。オジーとかオバーに連れられた孫たちが、汗をふきふき参加をしています。
 今回の事件直後の対応として、いち早く動いたのは、宜野湾市長を中心とした宜野湾市だったと思います。かねてから普天間基地の閉鎖撤去を掲げていた伊波市長は、積極的に抗議のための行動をリードしていました。

 グランドの回りには、様々な平和運動に関係する様々の団体であふれていました。沖縄の集会の場合、「平和」というキーワードのもと、多くの人々が結集します。そのエネルギーは、やはり1つの伝統であると言えるでしょう。続々と集まってくる人の流れで、開催時刻近くにはグランドは多くの人で埋め尽くされました。ヘリが墜落した時刻ごろ、平和の鳩が放たれ集会が開始されました。
 宜野湾市長、沖縄国際大学学長、宜野湾市議会、大学生、高校生、中学生、小学生などの代表が次々と演壇に立って、意見を表明しました。グランドの方を見ると知り合いの顔があちらこちらにあります。県外からもこの日のために来沖した人たちの顔も見えます。

 グランドのフェンスの向こうは普天間基地です。抗議の声は基地の中まで聞こえているはずです。こんな街と背中合わせの危険な場所で軍事訓練をするのは、やる方だってやりづらいはずです。アメリカ軍自体も早くこうした環境の場所からは離れたいと思っているとの声も伝わってきています。それを押しとどめているのは、日本政府であるとも言われています。今回の事件の関して、日本政府は被害を被った大学や地域住民に対して、謝罪よりも早く、補償金の話しを出したといいます。こうした集会では、近いところとで思い出すのは、95年の県民総決起大会です。このときは約85,000人の人が集まりました。あれから、約10年経ちましたが沖縄からの抗議の声は未だ届かずです。
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